小走りな日常
わたしのこと

耐えろわたしの下まつげ

ひとのメイク動画を見るのが好きだ。全部を真似したい、というわけではないけれど、動画に出てくる方々の様々な工夫を見るのが好きなのだと思う。

先日も、とある方のメイク動画を見ていたら、下まつげにビューラーをしていた。

途端に思い出される、わたしの高校生時代。

やってた。わたしも。

【コギャル】なんて言葉が謳歌していた時代、肌を真っ黒にしてはいなかったけれど、ルーズソックスを履いて、カーディガンはラルフローレン、バーバリーのマフラー。

カバンの中には大きなLOVE BOATの鏡と友達に貸してもらった花より男子の漫画。

そんな高校生だったわたしも、とにかく目を大きく、パッチリさせることに必死だった。たくさんのマスカラを試してきた。ビューラーにもこだわったし、まつげ育毛剤も欠かせなかった。その中でも特に下まつげの育成に力を入れていた。

短く、細く、存在がない私の下まつげ。なんとか、存在をアピールせねばならぬ。謎の使命感に燃えていた。

それなのに。女子高生という肩書が無くなり、いつからか、下まつげへの使命感も薄れていった。

この動画を見て思い出した、あのころの情熱。よし、何年振りかにビューラーしてみよう!!!

私の場合は今でも下まつげの存在がないので、そっと目の下の皮膚を抑えないと、そもそもまつげは挟めない。嗚呼、情けない。

……………….。

「いっっっっっっっった!!!!!!!!!!!!!!」

見事に皮膚まで挟んだ。懐かしい痛み、なんて思ってる場合じゃない。痛い。本当に。下まつげが短いと、このような事態が起こる。慣れ、というのもあるので、毎日やっていればもっとスムーズに、皮膚を挟むことなく出来るようになる、、はず。

「あぁもう皮膚挟んだし。さいあくなんだけど」

教室で、バスの中で、そんな会話をした気もする。今も痛みに耐えながら最悪、と思っている。

付いてしまったマスカラを綿棒で取っているときの顔や、アイライナーを引くときに訪れる静寂、それも昔と変わらない。今も昔も、必死なのだ。あの頃の使命感は、今もあるのだ。

さて、明日からどうしようか。わたしの下まつげよ。もう一度、育成するか。何回も皮膚を挟むことになるだろうけれど、耐えられるか。

もう少し存在感があってもいいよね。せっかくだし。と問う。

何をもって「せっかく」なのかは、分からないけれど。

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